Women in Pro Audio:ハンナ・ブロドリック氏のインタビュー
ライブに行ったとき、どんな裏方が素晴らしい公演を作り上げているのか、気になることはありませんか?
目次
彼女について
今回の『Women in Pro Audio』では、モニターミキシングを専門とするライブサウンドエンジニア、ハンナ・ブロドリック(Hannah Brodrick)氏を紹介させていただきます。「基本、私は音楽のスイッチボード・オペレーターなのです。暗闇の中、ステージの脇に座り、ミュージシャンを見つめ、表情やハンドシグナルを解読し、彼らが歌ったり演奏したりしているものが聞こえるようにし、他に必要なものを提供するよう努めています。同時に、サウンドチェックや本番中にクルーにコミュニケーション手段を提供します。」とブロドリック氏は説明します。
彼女はまた、業界全体の女性の連帯を増し、尊重することを目的とした素晴らしい組織「Women in Live Music」の共同ディレクターでもあります。「これから始める人たちに刺激を与え、男女のバランスを均等にしたいと思います。」
デビューのきっかけ
「私は大学で音楽理論を学び、さらに専門大学で音楽技術とサウンドデザインを学びました。その理由は、本当に楽しめることがそれしかなかったからです。子供の頃は、いろいろな楽器を演奏し、バンドにも参加していました。しかし、私にはロックスターになるような情熱や自信、意志もありませんでした。スポットライトから離れた場所で、自分の音楽性を追求する別の方向性を見出すことができたのは喜ばしいことでした。」
ブロドリック氏は、課程の内容がスタジオワークに集中していたと説明します。「音楽と出会ってすぐに、この業界の一員になりたいと思ったのですが、とても近寄りがたい世界のように思えました。ミュージシャン以外は、レコーディングエンジニアとプロデューサーしか知らなかったので、長い間、レコーディングスタジオの方向へ自分を向けていました。たくさん学びましたが、自信が持てず苦労しました。授業では、私を含めて女性が3、4人しかいなくて、ほとんどの男性がハイテクなホームスタジオのセットアップを自慢していましたから。それに、彼らの多くはすでにバンドのメンバーだったり、バンドと仕事をしたりしていて、とても太刀打ちできない気がしたのです。」
大学を卒業後、ブロドリック氏は音楽PR会社やスピーカーメーカーなどで数年間、無給のインターンシップを経験しました。「楽器が弾けなくてもツアーに出られるライブミュージックの仕事があることを知った時点で、私はその道を選びました。やがて、劇場で実務経験を積み、それがきっかけで南東部の地元の会場や小規模な制作会社でフリーランスとして働くようになりました。ライブサウンドの世界に足を踏み入れると、その分野のスキルを磨くために教育機関に戻る必要があると感じ、Britannia Rowの3ヶ月集中ライブ・サウンド・トレーニング・コースを受講しました。そこから、より大きなプロダクションやツアーに携わるようになり、あとはもう過去のことですね。
業界における課題
ブロドリック氏は、「私の仕事における最大の課題は、悲しいことに、昔から自身が持てないことでした。」と率直に語っています。「これは他の多くの女性たちにも見られることだと思います。自分の居場所がないように感じて、自分の立場を正当化するためにだれよりも必死に働き、低い報酬に満足し、自分の業績を軽視してしまうのです。ツアーで唯一の女性である場合、孤独に感じることもあります。なぜなら、基本的にあなたは仲間のひとりとして、生き残るために、その中に溶け込む必要があるからですが、他のみんなと見た目も行動も違うというのは、時として厄介なことなのです。
ブロドリック氏はまた、業界で活躍する女性の少なさについて「私たちの生活の中で、何度も何度も強要される性別による役割分担を目の当たりにした幼い頃からの経験に由来すると思います。」と語ります。「女性は面倒見がよく、まとめ役に向いているのに対し、男性は技術的な役割や肉体的な仕事に向いていると言われることが多いかと。これは多くの業界で見られることですが、音響業界も例外ではありません。でも、変わってきていると思いたいのです。過去15年間のソーシャルメディアの台頭は、これまで会場の暗い舞台裏で見えないことが多かった業界の女性の手本となる人たちが、目に見える形で連絡を取り合えるようになったことを意味します。大切なのは、子どもたちが早くから多様なキャリアの選択肢に触れ、社会・学校がこうした業界で活躍する女性の存在をアピールすることです。結局のところ、知らないものになることはできないのです。」
母性も忘れてはいけません。ブロドリック氏は「女性がまだ世話役となることが期待されている中で、母性との折り合いをつけるのは容易ではない仕事です。」と指摘します。多くの女性は、ライブサウンドのキャリアか母親としてのキャリアか、どちらかを選ばなければならないと感じており、両方を選択できることはほとんどありません。この業界がもっと妊娠・出産に対して理解をしてくれれば、間違いなく女性の労働力はもっと確保できるはずです。」
業界のいいところ
少数派である女性が活躍する場では、さまざまな課題がありますが、ブロドリック氏はその中でも特に優れた点を挙げてくれます。「実は、女性であることは、私のキャリアにおいて妨げになるどころか、むしろ助けになっています。珍しいから覚えてもらえるし、最近は多くのアーティストが多様なクルーを求めているから、いろんなチャンスに出会えるのです。」
ブロドリック氏は、これまでに手がけたいくつかのツアーが非常にポジティブであったと語っています。「現在、フローレンス・アンド・ザ・マシーンのモニター・エンジニアの仕事は、まさに夢のようなものです。私は、最高の技術を持つ素晴らしいスタッフの一員であり、そのおかげでより良いエンジニアになることができました。先日、ハリウッド・ボウルとマジソン・スクエア・ガーデンでダブルソールドアウトのライブを行いました。業界の先行きが不透明な中、これだけ成功したツアーに参加できたのは素晴らしいことだと思います。彼らと3カ月間アメリカを回ったことは、忘れられない経験でした。
「その前に、ドディ(Dodie)というアーティストのモニター・エンジニアをしていたのですが、正直言って最高に温かくて素敵なチームでした。バンドやスタッフは、みんな年齢・価値観が似ていたなど、とても良い組み合わせでした。長年にわたって仕事をしたアーティストたちとは、今でも連絡を取り合っていますし、とても親しい関係を築いていますね。それがいいことなのか、親しくなりすぎてはいけないと反論する人もいます。でも、ツアーで出会った人や体験と感情的に切り離されるよりも、悪いことも良いこともあったほうがいいと思います。」
課題の克服
「困難にぶつかったら、だれにでもとことん話します。困ったときに相談に乗ってくれる、悩みを聞いてくれる仲間たちが回りにいるのはありがたいことです。パートナーも同じ仕事をしているので、精神的に支え合い、一緒に問題を解決することもよくあります。
「例えば、今度のショーで使い慣れない機材を使うことになったら、ライブの前に必ずその機材に触れる時間を作るのです。時には、倉庫で1日中機材に悪態をつくこともあるけれど、いつも可能な限り準備をするよう心がけています。」
業界への要望
「ツアーはともかく、少なくともイギリスで、イベント関係者の常識として受け入れられている1日12時間制の労働時間を廃止してほしいですね。移動時間に加えて、1日12時間働くとしたら、間違いなく人生を楽しむ時間はありません。私たちは、自分の仕事に対して非常に情熱を持っているからこそ、ここにいるのであり、それは素晴らしいことです。しかし、労働時間、睡眠不足、怪我が名誉の証であるべきではないと思います。私たちは、仕事以外の生活を持つことを当たり前のこととし、健全な境界線を引くことになれる必要があります。また、この姿勢が燃え尽きないで、ライブ業界で長いキャリアを維持するための秘訣だと思います。」
「機会や知識を共有し、お互いを高め合うような、より良いコミュニティを作りたいですね。」とブロドリック氏はプロオーディオ業界に対する今後の期待を語り続けます。音響業界における私の初期の経験では、だれかに自分の仕事を盗まれる恐怖心から、知識を門外不出にしている人が多かったのです。これは残念なことです。お互いを競争相手と見るのをやめ、互いの功績を称え合う文化が必要なのです。また、プロオーディオやイベント業界全体をもっと可視化する必要があると思います。今回のパンデミックは、私たちがいかに目立たない存在であるかということに警鐘を鳴らすものであり、今後、再びこのような事態に直面した場合に備えて、政府に私たちの存在を知っておいてもらう必要があります。この業界は、教育や資金に関して忘れられてはならないのです。」
みんなへのアドバイス
他の女性へのアドバイスは? 「Women in Live Music」、「Soundgirls」などのコミュニティに参加すること。そして、業界の人たちとつながること。あらゆる機会を捉えて、気軽に人に相談すること。最悪の場合、返信が来ないだけなのですからね。最初からもっと粘り強くやっていればよかったと思います。また、特定の役割に生まれつき「得意」な人なんていないことも常に覚えておきましょう。何かにうまくなるために必要なのは、情熱と時間です。マルコム・グラッドウェルの言葉を借りれば、「練習とは、いったんうまくなってからするものではなく、うまくなるためにするものです。」そういうことです。だから、何時間もかけて、失敗もしながら、コツコツとやっていくのです。そして、私が受けた最高のアドバイスは、「すべてにラベルを貼ること」です。仕事をシンプルにして、常にミント飴を持ち歩きましょう!」 と言いながらウィンクするブロドリック氏。
この業界で重視すべき重要なスキルについて、ブロドリック氏は「私の考えでは、人間力と感情的な知性が最も重要なスキルです。」と言います。世界一のミキシングエンジニアになれても、人とうまく付き合えなければ、そして人とつながらなければ、ツアーに誘われることはないでしょう。だれにとっても簡単なことではないことは理解していますが、この仕事に必要なソーシャルスキルは見落としがちだと思います。私の仕事は、技術力2割、感情理解・エゴマネジメント8割で、それが悪い意味ではないのです。エゴはパフォーマーにとって重要なものであり、慎重に管理する必要があります。最後に、見ないで聴くこと。最近では、レベルメーター、スペクトラムアナライザー、コンプレッサー、EQなど、状況を把握するのに役立つツールがたくさん揃っています。私たちの目の前にはたくさんのスクリーンがあるので、肩越しに見ている人が判断して恥をかかせることがよくありまが、聴覚は主観的なもので、自分(またはモニターをやっている場合はアーティスト)にとって素晴らしい音であれば、それでいいのです。」
業界リソース
「私は、業界を中心とした多くのFacebookグループで活動していますが、人と人との交流が知識を伝達する最良の方法だと考えています。それが、ライブサウンドに関わる私からのアドバイスです。特に「Women in Live Music」グループは、女性が判断を恐れず質問できる素晴らしい安全な空間です。女性は、技術的なことでも、「ツアー中なのだけど、この街でおすすめのネイルサロンをだれか教えてくれない?」など、全く関係ないことでもなんでも他の人に聞くことができます。私は、支え合うことのできるこのコミュニティを本当に誇りに思っています。
教材はというと、『Live Sound Reinforcement Handbook』が10年以上未読のままなので、そろそろ自分が読書で学ぶのが好きなタイプではないことを認めざるを得ませんね。私は、実際にやってみることで学ぶ方が好きです。ワークショップやセミナーは、どちらかというと私の学習スタイルに合っています。Shureは素晴らしいワークショップを開催し、RF Venueは私の仕事の大きな部分を占める高周波を中心とした素晴らしいウェビナーを開催しています。PLASAやISEなどの展示会に行って、新しいコンソールをいじったり、セールス担当者に質問したりするのも効果的です。」
エピソード
ブロドリック氏は、ツアー中の奇妙な状況と、彼女を興奮させたもうひとつの状況を語ってくれました。「昔、ノエル・ギャラガーのツアーにRFテックとして参加したとき、彼が合唱団を連れてきたのです。主にインイヤーモニターの管理をしていたのですが、ある日、機材を腕いっぱいに抱えて会場を歩き回り、合唱団の楽屋を探そうとしたとき、誤ってノエルの楽屋のドアを開けてしまったのです。彼は広い部屋の真ん中で異様に立っていて、ただゆっくりと振り返り、何も言わずに外にいる私を見つめていたのです。ツアー中、彼との交流はそれきりでした。それ以来、彼のことが怖くなりました。」
次に、彼女のワクワクした思い出について。「15歳の時に初めて行ったライブのひとつが、2005年にハマースミス・アポロで行われたMotörheadのライブで、SaxonとGirlschoolが出演していました。私はサクソンの大ファンになり、その後何度もライブで観ました。10年以上前、ドイツのサイン会で彼らに会ったのですが、サインするグッズもなく、トレーナーを渡しました。そのトレーナーはボロボロ履けなくなるまで履き切ってしまいました。また、彼らの音響を担当する夢も見たことがあります。
「そして、1年ほど前、その夢が叶い、電話がかかってきたのです!「そういえば、うちのモニター・エンジニアがドイツで立ち往生していて、次の2回のライブには間に合わないのですが、代わってくれませんか?」 それ、信じられませんよね!ハマースミス・アポロで演奏していて、ガールズ・スクールがサポートをしていたのです。結局、モニター・エンジニアのメフメトさんがロンドン公演に帰ってきたので、私はマンチェスター公演だけ参加することになりました。でも、気にしませんでした。大好きなバンドの音響を一晩だけ担当できたなんて、そんなことを言える人がどれだけいるのでしょうか。」
彼女の好きなもの
プロオーディオの世界は厳しいですが、メリットや喜び、達成感がないわけではありません。ブロドリック氏は、自分の仕事の好きなところを語ってくれました。
「私がしていることで気に入っているのは、たとえそれがほんの一部であっても、創造的なプロセスの一部になれることです。マイクの選択によって、何千人ものファンに向けてアーティストの歌声を最高の形で届けることができた、ドラムに使ったリバーブがライブ会場の雰囲気を完璧に引き立てた、といった具合です。私にとって完璧なショーとは、アーティストと観客が演奏に没頭し、エンジニアの存在に気づかないときです。」
ブロドリック氏はしばらく考えて、「15歳の私がかっこいいと思うような人間になろうといつも努力しているし、成功していると思います。」と語ります。「私の仕事が他の人、特に女性にインスピレーションを与えることが嬉しいです。初めてライブを見に行く女の子が、ステージ上で転換作業をしている私を見て、ライブサウンドの道を志すきっかけになれば、それは間違いなく私にとって最も誇らしいことです。」
次に、サポートがあります。「両親が私の担当するライブに参加することもあり、とても誇らしく思っています。ずっとサポートしてくれて、本当に感謝しています。」と、ブロドリック氏は締めくくります。
ブロドリックの言葉は、サポートと可視化はとても大きな影響を持つということを示しています。